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アラフォーからの哲学入門・その6

この本についての感想を、もうちょっと。

これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学/マイケル・サンデル
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この本のなかで、なんだか笑ってしまったところ。
こんなくだりがありました

。。。(本文引用)

午前三時、大学のルームメイトがあなたに、なぜこんな遅くまで「暴走する路面電車」の道徳的なジレンマを考えているのかとたずねてくる。

「初級倫理学のクラスで出来のいいレポートを書きたいからね」とあなた。

「なんで出来のいいレポートを書きたいんだ?」

「いい成績を取りたいんだ」

「なんでいい成績を取りたいんだ?」

「投資銀行に就職したいからさ」

「なんで投資銀行に就職したいんだ?」

「将来ヘッジファンド・マネジャーになろうと思って」

「なんでヘッジファンド・マネジャーになりたいんだ?」

「大金持ちになりたいからさ」

「なんで大金持ちになりたいんだ?」

「大好物のロブスターをいつも食べたいからね。結局、僕だって感性的な生き物なんだ。だからこんな夜更けまで暴走する路面電車の問題を考えているんだよ!」


。。。(引用おわり)




つーかさ。

なんですかこの子供みたいなルームメイト(笑)



この、ルームメイト君みたいに、「なんでー?」「なんでー?」を連発するのは、子供もよくやりますね。
ちょうど今のハナもそうなんですけど、「なんでー?」を連発することで、大人が困る様を楽しんでいるような(^^;

でもさ、この「なんで?」の疑問に、真摯に答えることこそが、大事。
これが、哲学的な「気づき」につながることもあるわけで。


このルームメイトの執拗な「なんで攻撃」の描写のあと、筆者はこうも続けています



。。。(本文引用)

これがカントの言う他律的な決定だ。あることをするのは、別の目的のためであり、その目的を実行するのはまた違う目的のため、というように延々と続いて行く。他律的に行動するというのは、誰かが定めた目的のために行動することだ。そのとき、われわれは目的を定めるものではなく、目的を達成するための道具でしかない。

。。。(引用おわり)



つまり、この執拗に続く「なんで?」に答えて行った結果、
自分がなぜその目的に向かってがんばっているのか、その目的がまた、「他人の作り出した目的」(貨幣経済でなりたつ社会においてリッチになりたい)であるということが発見出来る訳です。


カントは、他律的な決定より自律的な決定が大事と説いています。
われわれは、他人が定めた目的を達成するための道具ではなくて、自分が定めた法則に従って自律的に行動し、その行動そのものを自分の目的とするからこそ、「人間の尊厳」がなりたっていると。




つまりさ、
「誰かが~だから」「世の中が~だから」って、自分の目的を定めるのはダメで、
「自分が~したいから」「○○するのである」と。
そうやって、目的を定めるべきだ、それこそが人間だ、ってことですね。
(乱暴に略しました)


まぁしかし、考えてみれば、実際問題、人生全てを「他律的目的なしで」生きるてーのは無理な問題で、
(だって、お金儲けしたいってことも、カントにいわせれば「他律的」なわけです。なぜお金儲けしたいかというと世の中が貨幣経済だからなわけで、貨幣経済でよりリッチな生き方をしたいということも、「他律的」なわけですから)

そう考えると、
私は厳密にカントが正しいと説く「自律的規範」に沿って生きる事はできないなーと。私自身は思います。

でも、「自律的」という考えは、確かに、大事だなぁとも思う。
それこそが、原因を他人のせいにしない生き方でもあると思うから。

私は「人間の正しさ」を求めようなんて高尚なことは思っていなくて、自分の「気持ちのよい生き方」に哲学のエッセンスを取り入れたいなぁと思ってるだけなので。

私にとって、他律的生き方が正しいのか、自律的が正しいのか、そんなことはぶっちゃけどっちだっていいんですけどもw



でも、今自分のしていることが、「自律的なのか」「他律的なのか」自覚するということ。
それが、そのことこそが、大事なのではないかと、思います。

とはいえ、今の世の中、「自律的でない」目的を見つけようとすることのほうが、難しい。
それは世の中のしくみゆえであったり、自分のキャリアゆえであったり、貨幣経済ゆえであったり、配偶者ゆえであったり、子供ゆえであったり、とかとか。

今の私も、色んな他律的な原因故に、この行動をとっているというところがある訳ですね。

たとえば、私の今の状況にしても。
私はイラストを仕事としたいのだけど、そんなに売れっ子なわけでもないし、それに子供と一緒に沢山の時間を過ごしたいということもあるし、子供の勉強もみたいし、幼稚園にも通わせたいし、通わせたい幼稚園は家庭が共働きだと厳しいということもあるし、
私だってバリバリ働きたいけどダンナの稼ぎのほうが私の稼ぎよりずっといいから大黒柱交代もあんまりだし、家のローンもあるし、教育費もあるし、託児所代は高いし、子供を(無料で)預けられる祖父母も近くにいないし、色々ビジネスに手をだしてみたい気持ちはあるけど、借金は(これ以上)したくないし、とかいろいろいろ。

まーなんだかんだで、モヤモヤを吐き出すときりがない(笑)

結局今の自分の状況は、「他律的」なものゆえに、その状況を決めているということが沢山ある。
でもさ、「○○だから」って「○○のせい」って自分の行動を決めていると、不幸になると思うのです。


最初は、他律的な要因ゆえに行動をおこすとしても、最終的に決めるのは「自分」。

いろんな要因が他律的であったとしても、最後は、結局は、「私がしたいから」という自律的な目的に変更して、行動を決める、ことこそが大事なのかなーーと。

それが、人間の尊厳…なんて大上段なことではなく、その人自身の幸せを決める事なのかなって。
あ、これはカントが言ってる訳ではなく、私のテキトーな解釈ですけどね(笑)








。。。

ともあれ、こうやって子供のような「なんで?」に、自らに問いかけて、問題の答えを探して行くという行為。

それが「哲学」なのかなと。

(子供の「なんで?」の答えは、しばしば科学的な答えを要求することもありますが、そもそも科学は哲学から派生した学問なわけですからね。だから、疑問の最初は哲学で良いと思う。
そんでもって、昔の哲学者が、「なんで?」を追求していった結果、科学が生まれた訳です)


哲学を追求することは、社会の有り様を模索することでもあるけど、同時に自らの「幸せ」を模索することでもあると思う。

つまり、
子供の素朴なギモンに向き合うことは、自分の人生を、自分の「幸せ」に向き合うということ。


だからだから、やっぱり、

子供の「なんで?」に答える事って、大事なんですよねー!!



子供のギモンに向き合うことが、自分磨きにも通じるってことですね!

なーんて結論は、ちょっと強引かしら(笑)




「子供の質問にはガチで答える」ことを是としている今の私が、
この年になって、哲学を面白いと思えるようになったこと。

これも必然であったのかなーと思ったりして…

。。。
子供の疑問って、鏡返しのようで、たまにウザったいのですが(笑)
そこを「バッチコーイ!」と(笑)
「挑戦」と思って受けて立つと、
自分では気付かなかったことに気付けたりして、すごーく面白いのです。
子供とともに成長する、ってこういうことなのかな、とかとか。
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