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正気と狂気の境目

本屋で平積みされていて、思わず目を惹いてしまったこの本。

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)/小林 和彦
¥620
Amazon.co.jp

読了しました。
本屋では、表紙が可愛らしくて(好み!)目にとまりましたが、内容も引き込まれました。

(アマゾンデータベースより)
早稲田大学を出てアニメーション制作会社へ入ったごく普通の青年がいた。駆け出しながら人気アニメ作品の演出にも携わるようになったが、24歳のある日を境に、仕事場では突飛な大言壮語をし、新聞記事を勝手に自分宛のメッセージと感じ、また盗聴されている、毒を盛られるといった妄想を抱き始め…。四半世紀に亘る病の経過を患者本人が綴る稀有な闘病記にして、一つの青春記。

。。。

「統合失調症」(つまり、筆者曰く「キ○ガイ」)になってしまった筆者が、どのような経緯で「気を狂わせた」のか。
その「狂った」経緯が詳細に、詳細に、リアルなほど詳細に描かれていて、胸に迫ります。
しかもその「キ○ガイ」はリアルで、現在進行形でもあるところがリアリティある。
この「詳細な記述」そのものが、この筆者の精神異常の一つの症状でもあるのかも、とも思わせます。

文字を追えば追うほど、この筆者の精神世界を覗き見るようで、そこに引きずり込まれるようで、怖い。
でも目が離せない。
(プロフィールを見ると、出身大学・学部も私と全く同じだった…センパイだったのか!)



本を読んでいると感じるのだけれど、筆者の世界観は非常に理屈っぽくて、でも理路整然としていて、だいぶ思想に偏りはあるような気はするけれども、多分この小林さんという方は、とても頭のヨイ人だったのだろうなぁとも、思う。

アタマが良いから、良いだけに、どんどんどんどん考えすぎてしまって、妄想に取り憑かれてしまって、「発狂」してしまったのかも…とも。

自分が「アタマが良い」というプライドと、でも「世界を動かせない」という挫折感、でも「何かしらの使命を負った」と思い込む自負心、「好きな人に振られた」という失恋、それが渾然一体として「発狂」に結びついてしまったのかなぁ…と。


小林さんは、エンターテイメントの世界にいて、理屈で世界の価値観をとらえようとして、
沢山のエンターテイメントの作品に影響され、分析し、
その結果妄想にとりつかれて、取り憑かれて逃げられなくなって、「狂って」しまったのかもしれませんが、

でもさ。
この、「狂う」という異常な世界観と、「正常」という日常とは、実は紙一重なのではないかなぁとも、思うのです。

たとえば「妄想」に関しても、エンターテイメントの世界では「狂った世界観」「狂気」が往々にして表現されていたりする。


例えば、古くは「時計仕掛けのオレンジ」「マトリックス」、ティム・バートンの世界も、北野武の作品も、狂気を感じる。
絵画の有名どころではムンクとか、ゴッホだって最後は精神異常をきたして自殺してしまった。
私が好きなリヨン派の画家の絵も狂気を感じるし、ベクシンスキもガッツリ狂気な感じ。
その他、数えきれないほどいっぱい、「狂気」を感じる絵画はあるし、映画、小説の傑作は沢山沢山ある。
そういえば哲学者はニーチェが有名だけど、彼だって発狂してしまったのであったなぁ。

話を「狂気を感じる作品」に戻すと、
なぜその作品がウケたのかというと、その「狂気」が大衆に受いれられた、からだと思うのですが、
だとすると、その「狂気」は、どこかで、「正常の人間」に理解されている訳だと思うのです。
(つまりシンパシーを感じさせることが出来る。つまり、「狂気」というものが、大衆に受けいられる要素がある)

その「狂気」を、制作の場で本気で表現しようとしている人間は、「狂気」を理解し、「狂気」があるか、否か?

本当に、作品上で、「狂気」を表現しようとする人間ならば、なまじっかな「狂気」の理解じゃぁダメでしょう。とは思う。
少なくとも、心のどこかで「狂気」を持ち、理解し、それを愛おしむ気持ちすら持たないと、狂気の表現なんて、できない。
でも、狂気を持っているにしても、日常生活ではそれをうまく社会生活のなかで封じ込め、円滑なコミュニケーションを取り、日常生活を送れないと、「制作活動」そのものが出来ない。
だから、「狂気」をうまく表現し、作品に出来ている人間は、狂気と正気のバランスをうまく取れるような人なのだと、私は思います。

「狂気」と「妄想」は非常に密接なつながりをもちますが(筆者の小林さんも、妄想に取り憑かれて狂気に至ってしまった経緯がある)
妄想が全て悪いということは全くなくて、むしろ「妄想」があってこその「想像力」「創造力」にもつながる。
創造的な仕事をするなら、「妄想」は切っても切りはなせないもの、だと私は思うのです。


つまりつまり、私がいいたいのは、沢山の想像力豊かな人間は「妄想」をするし、
沢山の人間は誰しも「狂気」の片鱗を持っている。またはその要素がある。
だからこそ、「正気」と「狂気」の狭間、その一線というのは、思いのほか、あやういものではなかろうかと。
あっちの世界と、こっちの世界というのは、実は地面の上にチョークで書かれた薄い線のようなものではなかろうかと。

「狂人の世界観」というのは、「日常の私たちの生活とは全然関係のない、まったく別の世界」ではなく、

「私たちにも少なからず狂気があり、その狂気を突き詰めてしまうと、そっちの世界にいってしまう」という、実はかなりシンパシーの感じられる世界観なのではなかろうかなぁ…と思うのです。


。。。


というのはですね。

私は(多分)かなりの「妄想族」であるしw
そして実は思い出すと、子供の頃、私も「あ、このままいくと危ない」って思ったことがあったのです。
あれは小学生の頃だと思うのですが…

これは筆者の小林さんと、症状がほとんど同じなのですが、
「自分が世界を動かしてしまう」という妄想に捕われてしまったことがあった。
それは子供じみた妄想なのですが、

たとえば
「しょうゆ差しをこの順番で置かないと、不幸がおこる」 とかね。
「この順番で物事を行わないと、飛行機が落ちてしまう」とかね。
「黒いナンバープレートを続けてみたら、誰かがケガをしてしまう」とかね。

子供なら誰でも思い込んでしまうような(ほんと?)強迫観念だったのですが、そういうのに捕われすぎてしまって、
あるとき、世界が音をたてて自分に迫ってくるような、錯覚に陥ってしまって、それから抜け出せなくなってしまうことが度々起こったのです。

そういうときは、「ヤバい!」と思って、好きな漫画に没頭すると、いつのまにかその「音」は消えてなくなっているのですが。

こういうのって、今考えると、そーとー「キテた」のかもなぁ???
だから、あのまま「あっち」に行かなくてすんで、本当に良かった。

子供というのは、正常の世界と異常の世界の境界線が分からず、または世界観の構築もまだ出来ていないので、だからこその危うさで、「世界が迫ってくる音」が聞こえてしまったのかもしれません。

だからこそ、大人になってその「世界が迫ってくる音」が聞こえてしまうと、それこそ本当にヤバイのかもしれない。抜け出せなくなってしまうのかもしれないなぁとも、思います。
だからこそ、その「抜け出す術」というもの(コミュニケーションとか、他世界との繋がりとか)が必要で、それを大人になるまでシッカリ構築させないといけないのかも、とかつれづれ。




。。。

ちなみに、私が子供の頃に感じた「強迫観念」から救ってくれたのは、母でした。
実は、何かの拍子に、母に
「コレをこうしないと(順番をきちんとしないと)どうしてもいけないような、気がするの」
と打ち明けたことがあったのですが、その時母は
「あぁ、そういう事思う人がいるわよね、でもあまり気にしないことよ」
と、かるーく、言ったのです。
(母は覚えていないと思うのですが)



実はそのとき、すごく、私は救われたのです。
まず、
「こういう事を思う(強迫観念にとらわれる)人が、世の中に他にいるんだ」ということ。

そのうえで
「気にしない方がいいんだ」

というアドバイスをうけたこと。


これが、私の世界観の構築に、すごくすごく影響を得たと思うのです。
それ以降、「物事の順番」とか、「物の並び」とかに強迫観念を感じるのを努めて止めるようにして、「気にしない」ことにつとめるようになりました。

もしかしたら、この言葉で私の人生が救われたのかもしれない。
それくらい、あの時の母の言葉には感謝しています。
(繰り返しますが、母は覚えてないと思うけど)



以前書いた、「言葉の力」というエントリーにも通じるところありますが、
人間の世界観を変えるアドバイス、言葉の力というものは、あるのかもなぁ、などと思います。
それはもしかしたら、言葉を発する側の人間から言うと、なにげない言葉だったりするのですけれどもね。
その「なにげない言葉」が、一人の人間の人生を救う事もあるのかもしれない。

世界観を構築するのは、言葉。
人を、不幸にしたり、幸福にするのも、言葉。



私、個人的には、「狂気」と「正気」の境目には、非常に好奇心をそそられますが、
でもやはり、もし子供が「狂気」の世界観に引っ張り込まれそうなときは、どうにかしてこちらの世界に引き戻してあげたい、とも思います。

だからこそ、「狂気」と「正気」の境目の危うさを認識して、引っ張り込まれないように、
もし、愛しい人が危ういときは、ちゃんと適切な言葉をかけて、「こちら」に戻してあげたい。



…なーんてね。話を育児ブログ?らしく、そっちに引っ張っていったりして。
でも、そんな事を本気で思ってます。

「狂気」と「正気」の境目は曖昧だけれど、人をかろうじて「こっちの世界」に留まらせる力、そして言葉。
「正気」に留まらせる力、そして言葉。

その源は、何だろうと考えてみると、
それは愛ね!! なんちて。


「狂気」の世界も興味あるし、好きだけれども、愛がなくっちゃね。
愛、大事。
私が母に繋ぎ止めてもらったように、今度は私も、愛をかけてあげたい。
まずは、目の前の人を、子供たちを、ダンナを、命一杯愛そう。

なーんてね。
そんな事を、この本を片手に徒然と思ってしまったのでした。
ベタなまとめで、しかもとりとめもなくてすいません。

。。。

結局、世の中というものは理不尽で矛盾だらけなものだから、
そこに本当に本当ーーーーーーの秩序や真理を追求しようとすると
精神状態が危うくなってしまうものなのかも。
ある程度、ホドホドで納得するという凡人であるからこそ、
凡人なりの幸せを感じられるのかもなぁ。
と、自分を納得させてみるw
お母さん、火って何から出来ているの?
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